川西町議会議員芝 かずや

活動報告

原爆慰霊式典

今年も八月の六日、広島の原爆の日が巡って来ました。九日には、長崎でも原爆の日が巡ってきます。六十三年前のこの日、一発の原子爆弾によって広島では十数万人が、長崎では七万数千人が一瞬にして命を奪われました。それから六十三年の月日が流れましたが、今日も尚被爆者の皆さんの苦しみは続いています。その惨害は筆舌で尽くしがたいものがあります。

被爆者援護法では、原子爆弾による被曝により苦しんでおられる皆さんに対して、保険や医療、福祉の各種制度を活かして、国は総合的な援護対策を実施することを定めていますが、残念ながら、現在まだその全面実施には至っていません。

被爆地の広島と長崎で毎年開かれている慰霊の式典では、絶対に再び核兵器の犠牲者を出さない事を誓い、そのために地上から永遠に核兵器を無くして行く。そのための取り組みが、それぞれの平和宣言には刻まれ続けています。昨日も広島の秋葉市長は、「核兵器は廃絶される事にだけ意味がある」と、ずばっと宣言されました。全くその通りであります。そして、政府に対して日本国憲法を誠実に遵守し、核兵器廃絶のための国際条約採択のために、各国政府に働きかけて主導的な役割を果たすことを求められました。市長の姿勢はゆるぎなく一貫していますし、私も心から賛意を送るものであります。核兵器の廃絶に向け共にがんばりましょう。

しかし、これらの宣言に刻まれている、被爆者の願いは未だに実現されていませんし、核兵器保有国を始めとする一部の国の政治決断が全く出来ていません。それは、我が国のトップである福田首相自身が核抑止は必要との考えを依然として変えておられない事からも明らかです。この考えは、六日の平和式典で首相自らが決意された「核兵器廃絶の先頭に立つ」と言う言葉とも決して両立するものではありません。ですから、昨年、唯一の被爆国である我が国の閣僚から、「原爆投下はしょうがなかった」などと、容認する発言まで出てても、この考え方とは縁を切って、被爆国の政府らしく、被爆者は勿論のこと人類共通の願いである核兵器廃絶へ本腰入れて取り組もうとは、一向にしないのでしょう。

核兵器廃絶については、これまでも何度も機会が有る度に口にはするものの、実際には究極的な目標に置いているのがその証です。これらの発言や一連の動きが物語る物は、これまで日本政府が本腰を入れてこの問題に取り組んでこなかったと言う事を、皮肉にも見事に証明していることに他なりません。いろいろ言いつくろっていても、要所要所で思わず、本音がぽろっと出てしまうものなんです。考えていることと行いは、そこに違いがある限り隠し続けることはできません。
 核兵器がもたらす実態にしっかりと視点を置いて、世界にその実情を事実を持って発信し、核兵器廃絶の先頭に立ってこそ、口にしている事と行いが一致し、核兵器保有国も含めて核抑止論や核兵器は必要悪だと考えている国々にも、そして、それぞれの政治家にも説得力ある行いになると思いますが、皆さんは、この問題どのようにお考えになりますか。



 

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町会議員  芝 和也

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